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仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)4号 判決

原告 橋本佐多寿

被告 福島県選挙管理委員会

主文

被告が昭和三十年七月四日した「昭和三十年四月二十二日附磐城市選挙管理委員会のした決定を取消す」旨の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

原告は昭和三十年三月二十日施行の福島県磐城市議会議員の選挙に当りその第二区から立候補したが、同区の市議会議員の定数は三名で、同区の立候補者は原告のほか長瀬彰義、橋本雄吉、箱崎滝三郎、鈴木菊松の四名あり、選挙開票の結果投票総数二、二五二票、無効投票数二一票、有効投票数二、二三一票(うち一票は橋本雄吉(〇・五五)と原告(〇・四五)に按分)、各候補者の得票数長瀬彰義六九〇票、橋本雄吉五〇四・五五票、箱崎滝三郎四一〇票、原告五〇七・四五票、鈴木菊松二一九票となり、磐城市選挙管理委員会は右同日上位者三名を当選人と決定しその当選の告示をし、原告は次点となつた。

しかしながら原告が次点となつたのは、投票の中「サタキツ」(甲第三号証)、「高木佐多寿」(甲第一号証)、「高本さたし」(甲第二号証)の三票を無効投票として原告の得票に加えなかつたことによるものであるため、原告は昭和三十年三月二十三日磐城市選挙管理委員会に対し当選の効力に関し異議を申立てた。そして右委員会は同年四月二十二日右掲記の三票はいずれも原告の有効投票であると認定し、原告の得票四一〇・四五票、箱崎滝三郎の得票四一〇票とし、右箱崎滝三郎の当選を無効とし原告を当選人とする旨の決定をした。

これに対し右箱崎滝三郎から被告委員会に訴願の提起があり、被告委員会は昭和三十年七月四日前記三票の中「高本さたし」なる票は原告に対する投票として有効と認めたが、他の二票は無効と認定して右磐城市選挙管理委員会のした決定を取消す旨の裁決をした。

しかしながら右「高木佐多寿」なる票については、名は「佐多寿」と正確に原告の名が記載され、「高木」なる姓の候補者はいないのであつてその名の特異性並びに該票の氏名全部の感じからして右票は原告に投票されたものであること疑がない。被告主張のように達筆な投票であつても姓を誤記する場合のあることは勿論である。また「サタキツ」なる票の「サタ」は原告の名「佐多寿」の「佐多」であり「ツ」は「寿」の音「ジ」の訛乃至誤記であつて「キ」が余分なものであるがこれは投票者の不用意の誤記というべきである。更にこの票の文字の筆跡の極めて幼稚な点からして第三字の「キ」は片仮名の「キ」でなく投票者が「二」と書き始め誤つたため抹消したものとも推測される。すると右票は「サタキツ」ではなく「サタツ」となり「佐多寿」の音の訛と見られるのである。従つて前記三票はいずれも原告の得票として有効なものであり、被告委員会の前記裁決は違法であるからここに右裁決の取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。

被告委員会指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、「サタキツ」「高木佐多寿」なる二票が原告の得票となるべきであるとの点を除き原告主張の事実関係は全部これを認める。ただ右の二票は到底原告の有効投票と認めるべきものでない。「サタキツ」の「サタ」は原告の名「佐多寿」の「佐多」と共通しているが「サタキツ」の「キツ」に関連する「橋本雄吉」なる候補者もおり「雄吉」の「きち」を訛つて「キツ」と書いたものともみられる。従つて右「サタキツ」の「キツ」は右「雄吉」の「吉」と共通しているともいえる。また「サタキツ」と「佐多寿(さだじ)」を比較してみても「じ」を「キツ」と訛ることは到底考えられないから「サタキツ」なる投票を原告の有効投票と認めることはできない。また「高木佐多寿」なる投票は原告の名「佐多寿」と名の部分は共通しているがその姓は音、訓とも全く異つている。しかも「高木佐多寿」なる投票の佐多寿なる字が相当むづかしい「字体」であるにもかかわらず正確に記載され且つ極めて達筆で書かれていることからしても原告の姓「橋本」を「高木」と誤記したものと認めることはできないからこれまた原告の有効投票と認めることはできない、と述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張の事実関係については、「サタキツ」「高木佐多寿」の二票が原告の有効投票であるとの点を除き、被告もこれを認めて争わないところである。

よつて先づ右「サタキツ」と記載された投票(甲第三号証)の効力について案ずるに、右「サタキツ」の「サタ」は原告の名「佐多寿」の「佐多」と発音が同一であり、他の候補者の氏名のうちにこれと同じ発音の文字を有するものはない。又「サタキツ」の「ツ」は「佐多寿」の「寿」の発音が地方においては比較的誤り易いものであるところからみてその発音を訛つて書いたものであると推認することができる。尤も「サタキツ」の「キ」の部分は余分であるが、右「寿」の発音が誤り易いものであるばかりでなくその文字が字劃が多くて書きにくいものであることと、右「サタキツ」の字体がただたどしいながら真摯に書かれ悪意の跡の認められないものであることからすると、これを記載した者の不用意の誤記と認められないものではない。勿論被告主張のように「寿」を「キツ」と訛ることはなく又他の候補者橋本雄吉の「吉」の字はこれを「キツ」と書かれることのあることを考え得られないことはないが、「サタキツ」の記載を全体としてみると、その発音の語感は右「雄吉」のそれとは著しく異るに反し前示「佐多寿」のそれとは類似しているものであることが明かである。以上を綜合して考えると、右「サタキツ」と記載された投票は原告橋本佐多寿の有効投票と認めるのを相当とする。

次に「高木佐多寿」と記載された投票(甲第一号証)の効力について案ずるに、その「佐多寿」の記載は原告の名と全く同一であつて、他の候補者のうちにこれと同一又は類似の名はない。右「高木」の姓は被告主張のように原告の姓橋本とは音訓が異るものではあるが、他の候補者のうちに高木の姓を有する者はなく、この点からすると「高木」はむしろその字劃において原告の姓橋本に類似し殊に高木の木は橋本の本に極めて類似していることが考えられる。尤も橋本の姓を有する者は他の候補者中にも橋本雄吉があるが、「高木佐多寿」の記載を全体としてみると、原告の名佐多寿が通常例の少い特異なものであることからみて右記載の氏名全体から受ける感じは原告に投票する意思でこれを記載したものと推測するに十分であつて、ただ橋本の姓を誤記したに過ぎないものと認めることができる。右記載の文字が被告主張のように相当達筆であることはこれを認め得ないものでないとしても右の場合に必ずしも誤記がないものとはいわれない。以上によると、右「高木佐多寿」と記載された投票もこれを原告橋本佐多寿の有効投票と認めるのを相当とする。

以上により本件係争の投票二票をいずれも原告の有効投票としてこれを原告の得票中に加えるとその得票数は四一〇・四五票となり、箱崎滝三郎の得票数四一〇票を超えることが明かであるから、原告を当選人とし右箱崎滝三郎の当選を無効とすべきものである。よつて前示磐城市選挙管理委員会の決定を取消した被告委員会の裁決は違法であるからこれが取消を求める原告の本訴請求はこれを正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 畠沢喜一 上野正秋)

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